教えることで教わる――屋根瓦の学び
西新宿内科つながりクリニックの臼井靖博と申します。
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前回に引き続き、聖路加病院での研修医時代のお話です。聖路加病院の研修制度の特徴は、「屋根瓦式、教えることで教わる」に尽きると思います。現在の状況はわかりませんが、私が内科レジデント(研修医)として在職していた当時は、2年目レジデントが1年目レジデントを、3年目レジデントが2年目レジデントを、それこそ手取り足取り教育することが普通に行われていました。そのような環境ですから、下級レジデントからの質問、相談にあたかも以前から知っているかのごとく答え、指導しなくてはいけない上級レジデントは、常にプレッシャーの中で勉強を怠ることができず、「教えることで教わる」という風土が自然とできていました。
聖路加では、各専門領域の医長が患者の主治医となり、治療方針を決めたり、家族へ病状を説明したりする一方、それ以外の病棟業務の大半は、1年目から3年目までのレジデントに任されていました。例えば、検査や投薬の指示、看護師との情報共有、カルテの記入などです。レジデント3年目ともなると、病棟長としてワンフロアの病棟(約40床)をマネージメントすることが求められます。あまりの忙しさと責任の重さに、入職してから3年間は、下着を替えに寮に戻る以外はほぼ病院で寝泊まりしているという、まさに「レジデント(住人)」としての生活を送っていました。
さらに研修医4~5年目にチーフレジデントになると、今度は、内科、外科といった専門領域全般のすべての患者さんをマネージメントしなければなりません。緊急患者の初期診断をつける、治療方針を下級レジデントへ伝える、主治医を決める、院内のベッドの状況を踏まえて病棟の看護師長や事務と交渉して入院する病室決める等々、さまざまな業務を担うことになります。
このような屋根瓦方式と呼ばれる研修システムで、下級レジデントは数年後の自分の姿を想像し、「あのような医師になりたい」と努力する目標を持つことができたのだと思います。
ちなみに当時、研修医は普通、大学の医局に在籍し、病棟医長は10年目以上の講師などが務めるのが一般的でした。3年目の研修医が病棟全体のマネージメントを行うことはありえませんし、1~2年目が病棟業務のほぼすべてをこなすことはありません。聖路加の病棟は専門科ごとではなく、消化器内科の患者さんも呼吸器内科の患者さんも同じ病棟に入院する混合病棟でしたので、消化器も呼吸器も脳神経もと各科を横断して研修する形になっていました。現在は聖路加以外にもこのような研修病院がありますが、かなり先進的で異色な研修システムだったと言えます。
聖路加ではまた、看護師や検査技師など医療にかかわるさまざまなプロフェッショナルにも教えられる日々でした。当時は心電図やレントゲン、CTなどの読影所見は医師がカセットテープに録音し、それを専任のタイピストが文字起こしして記録していました。タイピストさんに時々、「先生、心電図所見が違うと思います」と指摘されることがありました。「(心電図の)この部分がこうなっているので、このように判読しました」と答えるのですが、ベテランのタイピストさんは、ベテランドクターの所見とは異なる、新米ドクターの読み間違いに気づくものです。結局、タイピストさんの指摘が正しかった、ということが少なからずありました。看護師から「なぜこの検査指示を出したのですか」と問われ、「こう考えてこの検査が必要だと判断しました」と答える、というやりとりもしょっちゅうでした。日常的に判断の根拠を求め、求められるため、それぞれの分野のプロフェッショナルであるコメディカルスタッフ(看護師、検査技師など医療に携わる専門職)に教わるという意識も自然と醸成されていきました。
現在の研修制度との比較はできませんし、肉体的、精神的に相当な負荷が強いられる仕組みではありましたが、30年たった今でも、その時に学んだ知識と技術、プロフェッショナルなチームの一員として患者さんに手を当て、ともに歩く気持ちは、私の中に色あせることなく生き続けていると感じています。