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つながりブログ

「St. Luke’s MD」に憧れて――山形から東京へ

2026.06.15 ブログ

西新宿内科つながりクリニックの臼井靖博と申します。
当院の「つながりブログ」をご覧いただき、誠にありがとうございます。

1994年3月に山形大学医学部を卒業した私は、4月から東京・築地の聖路加国際病院で、内科研修医として働き始めました。はるばる山形から東京のど真ん中の病院を目指したのには二つの理由がありました。

一つ目はかなり真面目な理由でした。当時は、医学部を卒業したら、そのまま大学の医局に入局して研修を始めるのが一般的でした。自身の専門分野を深めていくにはとてもいいシムテムなのですが、一方で、それ以外の知識や技術を得るのが難しくなってしまう側面もありました。私は、内科医として成長するには外科や小児科、産婦人科、放射線科などを現場で幅広く学ぶことが大切だと考えていました。例えば、自分が虫垂炎だと診断した患者さんが、その後どのような手術、術後経過を経て退院していくのかを理解しておく必要があると思っていたからです。また、内科医にとって、胸部や腹部のレントゲン・CTを読影する能力は欠かせません。放射線科でその力をきちんと身につけたいとも考えていました。こうした専門分野にとどまらない幅広い研修プログラムを提供してくれる病院を探していたところ、聖路加国際病院にたどり着いたというわけです。

もう一つは少し不真面目というかミーハーな理由でした。インターネットもない時代ですから、山形から上京して病院見学へ行きました。その当時の聖路加国際病院は、できたばかりのピカピカの建物で、病棟は全室個室、内装もモダンで洗練されていて、田舎の古びた病院しか知らない私は、ただただ圧倒されてしまいました。そして何より、そこで働く先生方がとても優秀で、殿上人のようにまぶしかったのです。しかも白衣の胸ポケットにある「St. Luke’s MD」という刺繍がまたなんともかっこよく、「自分もあれを着て仕事したい」という思いが湧いてきたのでした。

山形に戻った私は、早速、募集要項を取り寄せ、選抜試験と面接を何とかくぐり抜け、内科レジデントとして採用されました。こうして片田舎の医学生は、歴史ある聖路加国際病院で、医師としての第一歩を踏み出したのでした。