咳医者泣かせの百日咳
西新宿内科つながりクリニックの臼井靖博と申します。
「つながりブログ」をご覧いただき、ありがとうございます。
昨年の秋から冬にかけて、全国的にマイコプラズマ感染症が猛威を振ったことをご記憶の方も多いかと思います。その記憶が冷めやらぬうち、今度は百日咳の流行が報道されています。
乾いた咳が長引いていて、家族にも同じような症状がある――。患者さんからこのように相談された時に、可能性として考えられるのが百日咳です。百日咳は、百日咳菌という細菌による感染症です。正確には百日咳菌とパラ百日咳菌の2種類がありますが、百日咳毒素を産生する百日咳菌のほうが、より症状が重くなるとされています。はしかと同等の非常に強い感染力を持ち、咳やくしゃみの飛沫、手などの接触で感染が広がります。小児だけではなく成人も感染します。
百日咳に感染すると、1週間程度の潜伏期ののち、微熱程度の発熱、咽頭痛、鼻汁といった風邪症状から次第に咳が悪化していきます(カタル期)。その後、息を吸う時のヒューという喘鳴とコンコンコンという強い咳発作を繰り返す「レプリーゼ」と呼ばれる症状が出ます。夜間も咳が止まらず、嘔吐やろっ骨骨折などを引き起こすようなひどい咳が2~3週間続きます(痙咳期:けいがいき)。咳は徐々に改善していきますが、2~3か月ほど残ってしまうこともあります(回復期)。乳幼児が感染すると、レプリーゼによる呼吸停止や窒息、肺炎などの重篤な合併症を引き起こすことがあり、注意が必要です。一方、成人ではレプリーゼのような百日咳特有の症状がはっきり出ないことが少なくありません。
百日咳の検査方法には、培養検査やDNA検査、インフルエンザや新型コロナと同様の迅速抗原検査などがあります。しかし、これらの検査で陽性が出るのは発症1週間程度まで。それ以上長く咳が続いている場合、その時点で検査しても陰性となることが多く、陰性でも百日咳を否定できません。このため当院では上記の検査を行っていません。これらの検査で陰性だった場合や、長引く咳になっている場合は、PT-IgGという百日咳菌に対する血液中の抗体の数値で診断します。ただ、ワクチン接種の有無を調べたり、感染初期と回復期の2回検査して比較したりと、やや複雑な手順を踏む必要があるので、確定診断に至らないケースが多いと考えられます。
治療にはマクロライド系の抗菌薬を用います。発症早期に内服することで、周囲への感染拡大を防止し、症状の早期改善につながることが報告されています。なぜ百日咳の咳が長期にわたって続くのか、その原因は長らくよく分かっていませんでした。が最近、百日咳毒素が咳のセンサーである咳受容体を敏感にさせることが原因の一つである、という報告がありました。百日咳の辛く長引く咳の治療につながることが期待されています。一方で近年、マクロライド系抗菌薬が効かない耐性菌が国内外で確認され、今後の拡大が危惧されています。
では、百日咳を防ぐにはどうすればいいのでしょうか。予防の基本はマスクの着用と手洗いですが、感染防止の最も有効な手段はワクチンです。百日咳は乳幼児が感染すると重症化しやすいため、日本をはじめ多くの国で、百日咳を含む5種混合ワクチンの定期接種が乳幼児対象に行われるようになりました。しかし海外ではワクチン未接種の人も多く、実は百日咳の流行は世界中で続いています。日本を訪れる外国人が増えていることや、ワクチンを接種していても成人になるとその効果が弱まることから、この先も国内で繰り返し流行する可能性が高くなると予想されます。乳幼児の感染防止のため、妊娠されている方やその家族、乳幼児がいるご家庭の方や小さいお子さんと接する機会が多い方は、百日咳ワクチンを含むワクチンの追加接種を検討されてはいかがでしょうか。当院では、百日咳に対応する3種混合ワクチンの接種が可能です。
※現在、ワクチンの出荷数が限られているため、接種ご希望の方は、事前に当院へお問い合わせいただければ幸いです。
百日咳は、感染力が非常に強い上に、特に成人の場合、マイコプラズマその他の感染症と判別がつきにくかったり、診断も難しかったりと咳の医者泣かせの病気です。流行状況や経過、症状などを詳しく問診しながら、総合的に診断、治療してまいります。