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路地裏の少年が浜省に出会った日
2026.03.15 ブログ
西新宿内科つながりクリニックの臼井靖博と申します。
当院の「つながりブログ」をご覧いただき、誠にありがとうございます。
先月のブログ「Y先生にあこがれて」をお読みいただいた方は、中学時代の私を、吹奏楽部ひとすじのクラシック少年だと思われたかもしれません。実は違います。吹奏楽部顧問のY先生と同じくらい、いやそれ以上にあこがれの存在がいました。日本を代表するシンガーソングライター、「浜省」こと浜田省吾さんです。
私と「浜省」との出会いは、小学校6年生の時でした。私の通う小学校の体育館で「浜田省吾コンサート」が開かれたのがきっかけです。田舎の小学校ですから、体育館はかまぼこ型の屋根をした木造建築で、もちろん音響など全く考慮されていません。でも当時の下田には、市民会館のようなものがなく、浜省のコンサートは小学校の体育館、郷ひろみのコンサートは中学校の体育館といった具合に、コンサートだろうが演劇だろうが体育館が会場となっていました。
1980年代前半、浜省は20代でした。コンサートでは、大音響でロックンロールが響きわたるなか、会場を沸かせようと、浜省が「もっと盛り上がっていこう!」と呼びかけます。しかし、聴衆はおじいさんおばあさんばかり。立ち上がるわけでもなく、パイプ椅子に行儀よく座ったまま曲にあわせて手拍子をし続ける――。なんともいえないシュールな光景が広がっていました。浜省ファンの方には「『僕と彼女と週末に』に勝るとも劣らない奇妙さ」と言えば、会場の様子が分かっていただけるかもしれません。40年以上経った今でも鮮明に覚えています。
それでも、生まれて初めてのコンサートが浜省、という衝撃は大きく、「路地裏の少年」(浜省の代表作のひとつ)ならぬ田舎の洋服屋の少年は、そのパワーにただただ圧倒されていました。コンサート終演後、家の隣のレコード屋に駆け込み、お小遣いをはたいて浜省のアルバム「愛の世代の前に」を購入しました。このアルバムは、ライブで大合唱になる「ラストショー」や、のちにミリオンセラーになる「悲しみは雪のように」などが収録されており、まさに珠玉のアルバムです。
高校生になり、周りの友人にも浜省好きが増え、「J BOY」「19のままさ」などの曲をよくみんなで歌ったものでした。その後も人生の折々で、浜省の歌に涙し、励まされ、前を向いて進む勇気をもらってきました。まさに「君が人生の時」(これも代表作)です。
浜省の人生は、「ソングライターの旅」だとご自身が語っています。若さ、貧しさ、孤独、反逆、後悔、哀しみ、恋愛、友情、家族、、、。人生という旅の過程で経験したこと、感じ取ったことを書き、歌い、同じような人生を歩んだ聴衆が、それを感じとるからこそ、メディアにほとんど出演しない、70歳を超えた浜省のライブに、未だ一万人以上の人たちが集まるのだと思います。私も一昨年、有明アリーナで開催されたライブに当選して、70歳を超えても19のままの浜省のパワーをもらうことが出来ました。ツアーメンバーも皆さん元気で、40年以上変わらないでいられるのは、友情を超えたご縁で結ばれた仲間だからなのだろう、と感じました。
第一線で活躍し続けている浜省に負けないよう、私も頑張っていきたいと思います。
喘息らしさを測る② 好酸球が教えてくれること
2026.03.01 ブログ
西新宿内科つながりクリニックの臼井靖博と申します。
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喘息は明確な診断基準がなく、医療者にも患者さんにもあいまいでわかりにくい病気です。ですが、喘息の仕組みは徐々に解明され、「タイプ2炎症」という「かいかいぐじゅぐじゅ」な気道の炎症(ただれ)が主な原因であることがわかってきました。2月1日のブログ「喘息らしさを測る① FeNOという道しるべ」で、タイプ2炎症の有無を客観的に判断する指標として、近年、呼気一酸化窒素(FeNO)、血中好酸球数、血清総IgEという3つの指標が活用されているとご説明しました。今回は二つ目の指標「血中好酸球数」について書きたいと思います。
好酸球は血液中にある白血球の一種です。細胞はそのままでは透明で観察しにくいため、顕微鏡で調べる際に染色を施します。好酸球は、酸性の染色液によく染まるため「好酸」という名前がつきました。好酸球には様々な役割がありますが、中でもタイプ2炎症の成り立ちと悪化に深く関係することがわかっています。呼気一酸化窒素(FeNO)が、タイプ2炎症が起きた“結果”として気管支内から多量に放出されるのに対し、好酸球はタイプ2炎症を作り出す“原因”の一つとして位置づけられます。
気道にタイプ2炎症が起きると、血液中の好酸球が気道に集まります。集まった好酸球は、花粉など外界からの異物や免疫細胞が放出する物質など、さまざまな刺激によって活性化し、炎症を強めてしまうことがあります。これが“原因”と言われる理由です。実は、痰の中に含まれる好酸球の量を測ることで、タイプ2炎症の程度を直接的に類推することができます。しかし痰は採取が難しく、検査に手間もかかることから、より簡単に採取・測定できる血液中の好酸球数を用いて間接的に評価することが一般的になっています。
タイプ2炎症の目安となる血中好酸球数には様々な基準がありますが、1回の検査で150個/μL以上、または過去1年間の検査のうち一度でも300個/μL以上であれば、気管支にタイプ2炎症が生じているとされています。さらに好酸球数は、治療に用いる吸入薬や注射製剤が効きそうか(効果予測)、複数ある注射製剤のどれが効きそうか(薬剤選択)を判断する際の指標にもなります。一般的には、好酸球数が多いほど治療効果があることが報告されています。一方、好酸球数が1500個/μL以上の場合は、喘息のような症状がある好酸球性多発血管性肉芽腫症やアレルギー性気管支肺真菌症など、別の病気が隠れている可能性があります。こうした好酸球が異常に増える病気を見逃さないためにも、当院では積極的に測定を行っています。
「なぜ喘息で採血?」と疑問に思う患者さんもいらっしゃると思いますが、血中好酸球数の測定は自己負担300~400円(3割負担の場合)と比較的安価であるにもかかわらず、喘息の状態を把握する上で重要な情報を提供してくれます。こうした理由から、喘息診療の拠りどころとして、もっと活用してよい検査だと考えています。採血にご理解いただければ幸いです。
Y先生にあこがれて
2026.02.15 ブログ
西新宿内科つながりクリニックの臼井靖博と申します。
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今回は中学時代の思い出です。小学校を卒業した私は、市立下田中学校へ入学しました。入学早々、新入生への部活の勧誘があり、最初はあまり気乗りしなかったのですが、小学校の時よく遊んでいた先輩や幼なじみが沢山入部していた、という理由で吹奏楽部に入部しました。楽器は、深く考えずに希望者の少ないトロンボーンを選びました。
吹奏楽部の顧問の先生がY先生でした。先生は、プロのフルート奏者としてオーケストラで活躍されていた経歴をお持ちでした。750ccの大きなバイクで通勤され、ヘルメットとサングラスがトレードマークのおしゃれな先生でした。
吹奏楽部には年間3つの大きなイベントがありました。毎年5月に開かれる下田市最大の祭典「黒船祭」のパレード参加、夏の全国吹奏楽コンクール、冬の定期演奏会です。中でも夏の吹奏楽コンクールは、とても大きなウエイトを占めていました。入部したての一年生はコンクールに出ることはまずありません。が、トロンボーン奏者が不足していたことから、音符もろくに読めず、正確な音を出すこともままならない状態だったのに、私は一年生から出場メンバーに入ってしまいました。演奏曲は、エルガーの「威風堂々第一番」。先生が編曲された譜面を使っていました。
下田中学校は、お世辞にも上手な学校ではなく、県大会に進めれば大成功というレベルでしたが、みんな一生懸命、練習に取り組んでいました。Y先生も夏休みを返上して、私たちの指導をしてくださいました。木造の古い校舎で冷房もないため、窓を全開にして、お気に入りの汗拭きタオルで汗をぬぐいながら、朝から晩まで指揮してくださいました。
先生の熱意のこもった指導の下、みんなと心を一つにして音楽を作り上げる――そんな毎日を送るうちに、私は先生に憧れて音楽家になりたいと思うようになりました。
3年生になり、私は吹奏楽部の部長になりました。田舎の中学で高校受験も公立以外に選択肢がないため、ろくな受験勉強もせず、相変わらず練習に明け暮れていました。
3年生にとって最後のコンクール、先生が選んだ曲はムソルグスキー(ラベル編曲)の「禿山の一夜」です。技術的には難しい曲でしたが、部員全員でこの曲の背景や物語を考え、感じ、コンクールでは、全力で演奏をすることができました。結果は金賞。ただ、金賞には県大会に出場できる金賞と出場できない金賞の2種類あり、私たちは県大会への出場はかないませんでした。それでも、先生が「音楽やったな!」と笑顔でたたえてくださり、最高の喜びでした。
吹奏楽コンクールの後、トロンボーンで音楽家になることを目指し、ピアノや聴音のレッスンに通うようになりました。が、自分に才能がないことに気づくまで、それほど時間はかかりませんでした。当時の私は「音楽家になりたい」と口では言っていたものの、音楽で生計を立てることの厳しさを理解できていませんでした。その覚悟もないまま「もしプロになれなかったら、学校の先生になって吹奏楽部の顧問でもやれればいいや」なんて安易に考えていました。今思い返すと、無私の心で部活動を指導し、進路の相談にも真剣に向き合ってくださったY先生に対し、なんて失礼だったのだろうと反省しています。
高3の春、医学部に合格したことを報告にうかがったとき、先生は「臼井は音楽やってもそこそこになったと思うけど、医学の道を選んでよかったと思うよ。沢山の人の心と体を救ってあげなさい」とおっしゃってくださいました。
吹奏楽は大学2年まで続けました。今では楽譜すら読めないようになってしまいましたが、音楽に限らず、絵画、彫刻などの人を癒すアートはとても好きです。
医学はサイエンスであり、アートです。医師は、とかくサイエンスばかりに目が行きがちですが、それだけでは患者さんの不安や辛さには寄り添うことができません。私は、Y先生が教えてくださった、人の心に寄り添えるアートを大切にする医師であり続けたいと思っています。
喘息らしさを測る① FeNOという道しるべ
2026.02.01 ブログ
西新宿内科つながりクリニックの臼井靖博と申します。
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喘息は診断基準のない、あいまいな病気です。糖尿病であれば血糖値やヘモグロビンA1c(HbA1c)、尿糖などの数値で客観的に診断し、治療を始めた後も定期的に検査することで、良くなっているか悪くなっているかを判断できます。一方、喘息の場合は、症状の詳細やアレルギーの有無など詳しい問診を行って「喘息らしさ」を集め、それらを元に診断するため、客観的な指標がありません。治療効果の評価も「ゼーゼーしなくなった」「咳が出なくなった」といった患者さん自身の主観が頼りです。そもそも明確な診断基準のないものを診断するのは専門医でも勇気がいります。患者さんが「自分は本当に喘息なのか?」「良くなっているのか、悪くなっているのか?」と不安になってしまうのも当然だと思います。では、喘息らしさや病状の変化を客観的に評価することはできないのでしょうか?
以前のブログで、喘息は「タイプ2炎症」という「かいかいぐじゅぐじゅ」な気道の炎症(ただれ)が主な原因であると書きました(2025.10.1「そもそも喘息って」)。近年、このタイプ2炎症の有無、つまり「喘息らしさ」を持っているかを客観的に判断する指標として、呼気一酸化窒素(FeNO)、血中好酸球数、血清総IgEという3つが活用されるようになっています。それぞれボリュームが多くなるので、今回はその中でもFeNOについて取り上げます。残る二つは次回以降、説明していきたいと思います。
FeNOは、下の写真にあるように、専用の機械に10秒ほど息を吐いてもらうだけで簡単に測定できます。タイプ2炎症があると、吐いた息の中に含まれる一酸化窒素(NO)が増えることを根拠にしています。感染症や喫煙などの影響を受けるため、状況に応じた判定が必要ですが、呼吸器学会、喘息学会のガイドラインでは、22ppb以上ならタイプ2炎症があると考える、と示されています。
FeNOは、治療の質を高める上でも役立つ指標です。吸入ステロイドなどによる治療を始めた後や治療中に定期的にFeNOを測定し、その値に応じて治療内容を調整すると、患者さんの主観的な評価だけを頼りに治療内容を調整した場合に比べて、喘息の増悪を防ぎ、呼吸機能の低下を抑えられることが報告されています。また、長引く咳の原因を特定し、適切な咳診療を行う上でも欠かせない検査です。当院では、咳でお悩みの患者さんに対して積極的に活用し、客観的な「喘息らしさ」の評価をした上で適切な治療を行うようにしております。
これまでの喘息診療では、明確な拠りどころがなかったため、診断する側も手探りになってしまい、治療がなかなかうまく進まないことが少なくありませんでした。しかしFeNOは、糖尿病におけるHbA1cと同じように、患者さんと医療者が治療の進み具合を確認しながらともに歩くための道しるべのような役割を果たせるものかもしれません。

手を当てること
2026.01.15 ブログ
西新宿内科つながりクリニックの臼井靖博と申します。
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2026年、新しい1年が始まりました。年の初めということで、少し所信を述べたいと思います。
私が医師という人生に踏み出してから今年で32年になります。以来、研修医として、中堅医として、指導医として、地域の診療所の医師として、様々な知識や経験を積んで参りました。しかしこの30余年、変わらずにずっと大切にしていることがあります。それは
「手を当てること」
古来絶えることなく、病める人々に手を当てることで、医療者は病の原因を探し、診断をしてきました。治療法が限られる中でも、手を当てることで、痛みや苦しみを和らげる努力をしてきました。それが「手当て」の語源なのだと思います。
医療技術の進歩は目覚ましく、AIやロボットなど、医療者の代わりを果たす技術が広がりつつあります。正確な診断、治療は良い手当てにつながります。上手に活用することはとても大切なことだと思います。
しかし、実際に手を当てられるのは、同じ人間である医療者だけです。
私は医師として、人間として、これからも一途にずっと患者さんに手を当て続けていきたいと思っています。
喘息は波の病気です
2026.01.04 ブログ
西新宿内科つながりクリニックの臼井靖博と申します。
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2026年もよろしくお願いいたします。
私は幼少期からアレルギーが強く、物心がついたころから、毎晩のように喘息の発作に悩まされていました。止まらない咳と痰、ぜーぜーして思うように息を吐くことができず、しまいには息を吸うことも難しくなり、「このまま息ができなくなるのかな?」という恐怖にさらされたことを、今でも鮮明に記憶しています。ただ、子どもながら、夜になると苦しくなり、日中になると良くなることを自然と理解していました。また、春と秋の寒暖差が大きくなる時期には、決まって悪くなることも自覚していました。
喘息には元々、日中は症状が軽くなり、夜間と早朝に悪くなる日内変動、季節の変わり目に悪くなる季節性変動という性質があります。これは外気温や湿度、ほこりやダニなどのアレルゲン、自律神経の変化に対し、喘息の炎症を起こしている気管支が過敏に反応してしまう、気道過敏性によるものと考えられています。このため、寄せては返す波のように症状が良くなったり悪くなったりを繰り返してしまうのです。喘息はまさに波の病気なのです。
長びく咳で来院した患者さんが喘息と診断され、吸入ステロイドを開始すると、比較的速やかに咳が止まり、夜、咳で眠れないことがなくなります。多くの患者さんは治ってしまったと思い、治療を中断してしまいますが、これは一時的に波が小さくなっただけのことが少なくありません。季節が変わったり、風邪をひいたりといったきっかけで再び波が大きくなると、咳、痰、ぜーぜーという喘鳴(ぜんめい)が繰り返し起こってしまうのです。波の大きさや幅は、人それぞれ違いますので、治療を中断してもしばらくは何も起きない人もいれば、すぐに悪くなる人もいます。
吸入ステロイドを中心とした喘息の治療薬は、喘息の波を小さくする「波消しブロック」であり、大きな発作―高波―になるのを防ぐ「防波堤」であると考えていただくとわかりやすいと思います。症状のない時にも治療を続けると、波消しブロックや防波堤が築かれるので喘息の波が小さく穏やかになり、大きな発作―高波―につながることもなくなります。そして、治療の強さ―ブロックや防波堤の大きさ―も徐々に小さくすることができます。
そうは言っても、「何も症状がないのに薬を続けるのはなぁ」と思われるのは当然だと思います。喘息持ちの医者だからこそ、患者さん一人ひとりの価値観、すなわち「吸入を続けることが、自分の生活、人生にメリットがあるのか」を一緒に考えていきたいと思っています。
写真は、前回のブログ「S先生」でもご紹介した、私のふるさと下田にある鍋田浜という浜辺です。遠浅の入江で、台風が来ても大きな波が来ないので、昔は船の風待ちに利用されていたそうです。継続的な治療を行うことで、喘息の波を鎮めて、この鍋田浜のように静かで穏やかな状態になることを目指しましょう。

S先生
2025.12.15 ブログ
西新宿内科つながりクリニックの臼井靖博と申します。
当院の「つながりブログ」をご覧いただき、誠にありがとうございます。
昨年11月に始めたつながりブログ、おかげさまで無事1年を迎えることができました。そこで今月から毎月1日と15日の月2回更新を目指していこうと考えています。1日はこれまで通り体や病気、健康に関することを、15日は私の生い立ちや思い出話、日々の暮らしや出会いのなかで感じたことなどを綴っていきます。
今回は、私の自己紹介も兼ねた思い出話を少々。
本年1月のブログ「2025年もよろしくお願いします」の続きとなります。
伊豆・下田の商店街にある洋服店の息子として生まれた私は、そのまま地元の保育園、幼稚園に通い、多くの友達とともに市立下田小学校に入学しました。昭和世代にはご理解いただけると思いますが、当時の児童数は、田舎の小学校でさえ1200人を超えていました。
小学校3、4年生の担任が、S先生でした。
S先生は、いつも背筋がピンと伸び、凛としていて、一見怖そうなのですが、話しかけるといつも笑顔で接してくれる、優しい先生でした。私のことをとてもかわいがってくださり、そのころの私は、先生に褒められたいばかりに漢字や計算練習の宿題を毎日欠かさずやっていました。
通っていた小学校にはプールがなかったため、水泳の授業は鍋田浜という波の穏やかな小さな浜辺で行っていました。浜に着いて、先生も子どもたちも水着になったときです。S先生の背中に大きな傷があることに気づきました。先生は軍隊経験があり、敵に切られて負傷した傷跡でした。友達のなかには、怖がって近づかない子もいましたが、私はその傷に驚いたものの、全く気にせず、「ブイまでいくぞ~。乗るか?」といってくれた先生の背中に飛び乗り、沖の方まで連れて行ってもらいました。
ある日の終礼の時、先生が黒板に「精進」という言葉を書かれました。小3の私には正直、先生の説明がよく理解できなかったのですが、どうやら「一つのことをあきらめずにコツコツ続けること」が大事なのだと教わったような気がして、宿題ノートの表紙に「精進」と書きました。何日か経って、それを見つけた母親に「あんた、この言葉どこで教わったの?」と聞かれたことがありました。「S先生に教わったんだよ。よくわからなかったけど、いい言葉だなあと思って」と答えたことを覚えています。
先日、実家に帰った時に、18歳の私がS先生に宛てた手紙が出てきました。山形大学医学部に入学した時に送ったものでした。実はちょうど同じ頃、祖父も先生にお礼の手紙を出していて、先生から祖父への返書の中に、私が書いた手紙のコピーが同封されていたそうです。その手紙の中で私は「何事にも努力精進し、少しでも大きな人間になれたらと思っています。」と書いていました。
医師になって30年近く経ちましたが、先生の教えを守り、生涯、努力精進を続けていきたいと思っています。
写真は鍋田浜です。遠浅の入り江にできた小さな浜辺です。

昼の咳と夜の咳
2025.12.01 ブログ
西新宿内科つながりクリニックの臼井靖博と申します。
「つながりブログ」をご覧いただき、ありがとうございます。
当院の咳問診には「咳が最もひどくなる時間帯はいつですか」という質問があります。「ずっと咳が出ているのでわからない」という患者さんも多くいらっしゃいますが、詳しくお聞きするのには理由があります。実は、昼と夜、咳の出る時間帯で咳の原因が異なることがあるのです。
主に昼間に咳がひどくなる場合、咳の原因として、のどのアレルギーや後鼻漏に伴う咳、胃食道逆流症などが考えられます。胃食道逆流症の場合は特に食後に咳が悪化する傾向があります。いずれものどや気道にある咳のセンサー「咳受容体」が刺激されて過敏になっていることが原因だと考えられています。
一方、夜寝ている間から早朝にかけて咳がひどくなる場合、最初に考えられるのが喘息です。「咳で目が覚める」「咳で寝付くことができない」といった症状があれば、喘息の可能性がさらに高くなります。
夜は、細菌やウイルスなどの外敵が気管支や肺に侵入しないように、副交感神経という自律神経の働きによって気道から出る分泌物が増え、気道がむくみやすくなります。喘息の患者さんでは、この働きが過剰になり、分泌物がより多く出てしまいます。もともと喘息とは、気管支に慢性的に炎症(ただれ)が起きている病気です。このただれがあることで、喘息の患者さんの気道はとても敏感で、分泌物が増えたなどのちょっとした刺激でも気管支の筋肉が収縮して咳が誘発されるのです。
また昼夜を問わず断続的に続く咳としては、マイコプラズマや百日咳など感染症によるものが考えられます。もちろん、これらはあくまでも目安です。喘息の患者さんで、夜だけでなく日中も咳がひどいことはよくあることです。最近の研究では、喘息の場合も咳受容体が過敏になることで、日中の咳につながっていることがわかってきました。
いつ咳がひどくなるかを知ることは、咳の診断をする上でとても重要な手がかりとなります。診察室で「昼なのか夜なのか」「食後はどうか」など細かくお聞きすることがあるかと思いますが、ご協力をお願いします。
静かな同志 — AIとの付き合い方 —
2025.11.01 ブログ
西新宿内科つながりクリニックの臼井靖博です。
当院の「つながりブログ」をご覧いただき、誠にありがとうございます。
今回は、ブログ開設1周年を機に少し趣向を変えて、AIとの付き合い方について綴ってみました。
AIは、私にとって静かな同志です。
丁寧に話を聞き、学習と記憶を繰り返し、いつも冷静に共感し、提案してくれる。ときに文章を整えてくれたり、考えを整理してくれたり、まるでとても優秀で忠実な家臣のようです。
しかし、忠実な家臣は、その忠実さゆえに、主君の自己顕示欲を満たす進言しかしなくなることがあります。主君はやがて自己満足に酔い、その結果、自分で考えることを手放してしまうかもしれません。歴史を振り返れば、忠義の厚さがかえって主君を滅ぼした例も少なくありません。
だからこそ、私はAIを単なる家臣とは考えません。ともに考え、ともに歩む「静かな同志」であってほしいのです。忠実でありながらも、時に私を戒め、問いかけてくれる存在。その沈黙の対話の中にこそ、新しい言葉や着想が生まれると信じています。
このブログ自体、まさにその実践です。普段は自分の手で文章を作成し、スタッフとディスカッションして校正をしていますが、今回は実験的にAIと対話をしながら作成してみました。題名を置き、コンセプトを定め、AIに意見を求め、返ってきた言葉を吟味し、批判を挟み、再び練り直す。その繰り返しの中で、文章はだんだんと私の声に近づいていきました。
AIは確かに便利な道具です。しかし、それ以上に「静かな同志」──ともに考え、ともに歩む存在であってほしい。私の言葉を映し返し、ときに思いもよらぬ視点を差し出す。だが最終的な責任を負うのは、やはり私自身です。診療と同じく、道具を使う目的は常に「人と向き合う時間を守ること」にあります。
だから、これからもAIと対話を重ね、ともに歩きながら、批判の目を忘れることなく、自分の言葉を紡いでいきたいと思います。
静かに、まっすぐに。
本稿は筆者の主導で作成し、制作過程でAIを補助的に用いました。事実確認と最終判断は筆者が行っています。
そもそも喘息って?
2025.10.01 ブログ
西新宿内科つながりクリニックの臼井靖博と申します。
当院の「つながりブログ」をご覧いただき、ありがとうございます。
前回のブログでは、喘息が明確な診断基準がない、あいまいな病気であるとお伝えしました。ではそもそも喘息とはどんな病気なのでしょう?
私が喘息に悩まされていた50年ほど前は、喘息とは「気管支が発作的に収縮して狭くなり、ぜーぜーしたり、息苦しくなったりする病気」とされ、苦しくなった時に治療をすればよいものと考えられていました。
その後、喘息のしくみが徐々に解明され、現在では「気管支の慢性的な炎症(ただれ)が、ダニ・ハウスダストといったアレルゲンや、ウイルス感染、大気汚染、気温や気圧変動などに敏感に反応し、炎症が悪化することで気管支が狭くなり、咳や痰とともにぜーぜーという喘鳴(ぜんめい)や息苦しさといった、症状の悪化(増悪:ぞうあく)を繰り返す病気」であることがわかってきました。
この炎症(ただれ)は「タイプ2炎症」と呼ばれ、リンパ球、好酸球といった白血球やインターロイキンなど、炎症を形作る細胞や物質が複雑に絡み合って形成されています。喘息患者さんの80~90%にこのタイプ2炎症があるとされ、実は、アトピー性皮膚炎の炎症(ただれ)と同じであることがわかっています。アトピー性皮膚炎の「かゆくてぐじゅぐじゅするただれが、アレルギーや気温、湿度などで繰り返す」状態が、気管支でも起きている、と想像してみてください。喘息とアトピー性皮膚炎は、タイプ2炎症が気管支に起こるか、皮膚に起こるかの違いであって、病気のしくみは同じといってよいと思います。そして、アトピー性皮膚炎のただれが長期にわたると、皮膚が赤く、硬くなっていくことがあるのと同様に、気管支のただれも長く続いてしまうと、「リモデリング」と呼ばれるただれの固定化が起こり、薬が効きにくくなって、呼吸機能が低下してしまいます。
アトピー性皮膚炎では、「かいかいぐじゅぐじゅのただれ」を抑えるため、ステロイド剤の軟膏を使用しますが、喘息でも同じように、気管支のただれを抑えるため、ステロイドの吸入薬を使用します。この吸入薬を咳やぜーぜーがひどくなった時だけに使用するのではなく、症状のないときにも継続的に使用することで、ただれを改善・修復し、増悪や呼吸機能の低下を防止することができます。
私は幼少期からアレルギーが強く、物心がついたころから毎晩のように喘息の発作に悩まされていました。同時にアトピー性皮膚炎も患っていました。現在でも汗や入浴後の温度変化、靴下のゴムなどで皮膚が赤くなり、強いかゆみを起こしています。しかし、幼い頃から長年付き合っている症状のため、「かゆいのがあたりまえ、咳やぜーぜーするのがあたりまえ」と、つい自分自身の治療は怠りがちになってしまっていました。患者さんに指導していながら、まさに医者の不養生です。なので、同じ悩みを持つ患者さんが、半ばあきらめてしまう気持ちが本当によくわかります。
しかし「かゆくてぐじゅぐじゅする皮膚、咳やぜーぜーする日常」は、タイプ2炎症を抑える治療で変えることができます。患者さんの「つらいのが当たり前」を変えるお手伝いができれば幸いです。